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東京地方裁判所 平成8年(特わ)1519号 判決 1997年3月24日

主文

被告会社株式会社M・Hを罰金四〇万円に、被告人甲野太郎を罰金五〇万円に、それぞれ処する。

被告人甲野が右の被告人に対する罰金を完納することができないときは、金五〇〇〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

理由

【犯罪事実】

被告会社株式会社M・Hは、東京都台東区日本堤一丁目一二番六号に本店及び店舗、事務所を置き、衣料品の製造加工販売を営むもの、被告人甲野太郎は、被告会社の代表取締役として同会社の業務全般を統括していたものであるが、平成五年五月一一日、右M・H事務所及び店舗内において、アメリカ合衆国所在のザ・ポロ/ローレン・コンパニーが平成四年一〇月三〇日商標登録番号第二四六八四二七号で登録を受けている「ポロプレーヤー」の図形及び「RALPHLAUREN」の文字からなる商標(別紙「本件登録商標図」。昭和四八年九月二六日出願、指定商品は、商品区分第一七類の被服類等)について、被告人は、被告会社の業務に関し、右の登録商標の使用権限がないのに、その登録商標に類似する商標(別紙「本件使用商標図」のA図又はB図)を付したポロシャツ三八〇着、Tシャツ二一一着、ワイシャツ五二着、トレーナー四三着、タートルネック三着、半ズボン二六本、靴下四五二足(合計一一六七点)を販売、譲渡のため所持し、ザ・ポロ/ローレン・コンパニーの登録商標権を侵害した。

【証拠】<省略>

【争点についての判断】

一  本件の争点

検察官は、判示のザ・ポロ/ローレン・コンパニー(以下「ローレン社」という)が平成四年一〇月三〇日商標登録番号第二四六八四二七号で登録を受けているポロプレーヤーの図形及び「RALPHLAUREN」の文字からなる結合商標(別紙「本件登録商標図」、以下「本件登録商標」という)と、被告会社が判示の被服類等に使用したやはりポロプレーヤーの図形及び「Polo Crocus」の文字からなる結合商標(別紙「本件使用商標図A図」、以下「本件使用結合商標」という)、及びポロプレーヤーの図形のみの商標(別紙「本件使用商標図B図」、以下「本件使用図形商標」という)とは、図形部分が外観において類似し、需要者らに商品の出所混同を生ずるおそれがあるので、被告人、被告会社の行為は、本件登録商標の侵害に当たると主張する。

一方、弁護人は、本件登録商標と被告会社の本件使用商標とは、外観、称呼、観念のいずれにおいても類似せず、商品の出所混同を来すものではなく、このことは、

(1) 乙株式会社という会社が、やはりポロプレーヤーの図形と「Polo Club」の文字からなる結合標章を付した衣料品を大々的に販売しており、本件登録商標の登録後においても、同社のポロプレーヤーの図形と「POLO CLUB」という文字からなる結合商標の登録が認められている。これらについてローレン社は告訴、その他の法的対抗手段を取っていないこと、

(2)  のみならず、特許庁の審査において、ポロプレーヤーの図形を含む商標がいくつか登録を認められており、また登録には至っていないものの、同図形やPoloの文字を含む商標の出願公告が少なからず認められていること、

(3)  被告会社のポロプレーヤーの図形やPoloの文字を含む商標の出願に対し、特許庁は拒絶の通知をしてきたが、その拒絶理由は商標法四条一項一五号を根拠とし、登録商標との「類似」を理由とする同法四条一項一一号を根拠としておらず、特許庁の審査官も、商標の「類似」を認めていないこと、

などからも明かであるとする。

さらに、商標侵害罪という刑事罰の対象となる商標の「類似」は、登録商標と同一か、同一に近い類似、すなわち酷似若しくは極めて類似する場合に限られるべきであるとして、被告会社、被告人の行為は商標侵害罪に当たらず、又は可罰的な違法性を欠く旨主張する。また、以上のような事情から、被告人には故意、ないし違法性の意識を欠く旨も主張し、なお最終弁論においては、本件の差別的起訴を理由に公訴権の濫用による公訴棄却の主張を加えている。

二  関係商標の出願、登録関係

本件で問題になるローレン社の本件登録商標、被告会社の本件使用商標、さらに乙株式会社(以下「乙」という)の使用商標につき、それぞれの商標の出願、登録関係は、関係証拠によれば次のとおりである。

1  ローレン社の本件登録商標

本件登録商標は、昭和四八年九月六日出願されたが、先願のブリオニイのポロプレーヤーの図形の商標と類似するとの理由で登録出願の拒絶査定を受け、これに対して審決の申立がなされ、平成四年五月二七日原査定が取り消され、同年一〇月三〇日ようやく登録がなされた(甲1、弁2、3、4)。

他方、ローレン社のポロプレーヤーの図形は、アメリカの著名なデザイナーであるラルフローレン氏の考案によるもので、この図形マークが好評を得て、一九七〇年代前半にはアメリカでは著名になり、次第に世界的にも有名になり、日本では昭和五一年に株式会社西武百貨店がローレン社とライセンシー契約を締結し、ポロプレーヤーの図形マーク、「POLO」、「RALPH-LAUREN」、及びこれらの組み合わせの商標を付した様々なファッションの衣料等の販売活動に当たり、、少なくとも本件が問題になり始める平成三年には、需要者及び取引者間に十分な周知性と著名性を獲得し、確立していたことが認められる(なお、証人松尾は一九七〇年代前半には日本でも著名性を得たと証言している。)。

2  被告会社の本件使用商標

被告会社は、平成二年に「Crocus」という文字商標の登録を受けている。平成三年四月二六日「POLOCROCU-S」(別紙被告会社出願商標」1図))「POLOCROCUS CLUB」(別紙同2図)という文字の商標登録出願をしたが、同年六月三〇日、ローレン社の世界的に著名な商標「POLO」を有してなるものであるから、同社の商品と出所の混同を生じさせるおそれがあるとの理由で、商標法四条一項一五号に該当するとして登録拒絶され、意見書を提出したが、同年一〇月三〇日(すなわち本件登録商標の登録日)に拒絶査定された(甲35、37)。後者については、平成四年一二月二一日付けで審判請求がなされている(弁10)。

また、平成三年五月二二日、ポロプレーヤーの図形と「POLO CROCUS CLUB」という文字との結合商標(別紙同3図)の登録出願をしたが、平成五年三月二二日、右と同様の理由で登録拒絶され、意見書を提出したが、平成六年一月二五日拒絶査定を受けた(甲41)。

さらに平成四年七月一七日、ポロプレーヤーの図形のみの商標(別紙同4図、本件使用図形商標)の登録出願をしたが、平成六年一一月二五日、昭和四七年出願にかかる丸永衣料株式会社の登録商標と類似するとの理由で、商標法四条一項一一号に該当するとして登録拒絶された。(甲41)

なお、本件使用結合商標であるポロプレーヤーの図形と「POLO CRO-CUS」の文字の結合商標については、商標の登録出願はなされていない。

3  乙の使用商標

乙は、昭和五二年一〇月八日登録出願、昭和五八年九月二九日登録の「Polo Club」という文字商標を有している。

同社は平成二年一〇月八日、ポロプレーヤーの図形と「Polo Club」という文字との結合商標を登録出願したが、平成四年六月三〇日、ローレン社の「本願出願時に既に著名になっている図形と酷似する図形を含んでなるものであるから」という理由で、商標法四条一項一五号に該当するとして登録拒絶され、平成五年一月二八日拒絶査定を受けた(甲31)。

一方、同社は昭和六二年一〇月二七日、ポロプレーヤーの図形と「POLO CLUB」の文字の結合商標の登録出願をしたところ、平成三年出願広告がなされ、これに対してローレン社が異議を申し立てたが(証人松尾の証言)、結局平成五年一二月二四日登録がなされた。これに対しローレン社は平成六年二月に取消の審判を申し立てている(甲31)。

三  本件登録商標と本件使用商標の類似性

1 商標の類似とは、二個の商標が、外観、称呼、又は観念のうちのいずれか一つ以上の点で相紛らわしく、その結果それらの商標が同一又は類似の商品に使用された場合、取引者や一般需要者によりそれらの商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがある程度に似ていることをいうのであって、その類似するか否かの判断は、右の三要素につき全体的かつ離隔的に対比観察し、当該商標が使用されている商品の取引の実情を考慮し、取引者や一般の需要者が商品購入時に通常払うであろう注意を基準として決すべきものである(東京高裁昭和五八年一一月七日判決、高裁刑集三六巻三号二八九頁参照)。また、図形と文字の結合商標にあっては、それが分離可能で、それぞれ識別機能を持つような場合は、図形と文字を分離して観察した上、さらに全体としてその結合商標が出所につき誤認混同を生ずるおそれがある程度に登録商標と似ているか否か判断することになる。

2  そこで、本件登録商標と本件使用商標のうち、図形部分を分離してその外観を対比観察すると、両図形は、いぞれも前を向いて前足を上げた馬にポロプレーヤーが乗り、マレットと称するスティックを振り上げているという基本的構成は同一である。両図形の主たる相異は、ローレン社のポロプレーヤー図形は、馬が右前向きでマレットを約四五度の角度に振り上げているのに対し、被告会社の図形は、馬が左前向きでマレットを約二五度の角度に振り上げているところである。確かに、この二個の図形を並べ置いて対比すれば、その相違は明らかになるが、本件の商標の指定商品は一七類の被服類であって、店頭で商品を購入する一般需要者(顧客)が、時と所を異にして被服に付された図形を通常払う注意力で見た場合、この程度の相違をもって、両図形の異同の識別は難しいと言わざる得ず、ローレン社のポロプレーヤー図形が高い著名性を有していることを考慮すると、一般顧客が被告会社の図形を見て、(図形が同一と判断し、又は相違があるにしてもローレン社の関連マーク又はローレン社の関連会社のマークと誤認するなど)被告会社の商品をローレン社の商品と誤認混同を生ずるおそれがあるというべきである。そして、ポロプレーヤーの図形が、時にワンポイントマークとして、ポロシャツや靴下に刺繍されており、その際にはさらに輪郭などが不明確になって、誤認混同のおそれは一層大きくなると考えられる。この点は、近時、いわゆるブランド商品の擬似商品がしばしば問題になり、一般顧客にもブランドマークの真偽について警戒心が高まって、商品購入時に払う注意力が従前に比して高くなっているとはいえ、やはり本件の二個のポロプレーヤー図形の類似性は否定しがたいところである。

(なお、被告会社の図形には、ローレン社の図形にはない球らしき丸が付されていたり、逆にローレン社の図形にある馬の尾が付されていないなど、細部に相違が施されている。これらは商標識別機能に影響を及ぼさない付飾部分と考えられるが、これらを含め全体として対比観察しても、やはり類似性は否定できない。)

3 次に、二個の結合商標の文字部分を分離して対比すると、ローレン社の本件登録商標の文字部は図形の下にあって「RALPHLAUREN」と書かれ、一方、被告会社の文字部分は図形を挟み「Polo Crocus」と書かれており、この二個の文字部分は、外観においても称呼においても異なることは明かである。しかし、一方、ローレン社が使用する「RALPHLAUREN」の商標は、前述のとおり相当以前からローレン社の商標として著名性を有しており、またローレン社は「POLO」の文字を代表的出所標識(いわゆるハウスマーク)として多数の取扱商品に付しているという事情もあり(甲28)、その「POLO」の文字が商標として世界的に著名性を有していることも前述のとおりである。このローレン社の「POLO」と、被告会社の「Polo Crocus」とを対比すると、被告会社の文字部分は、「Polo」と「Crocus」が図形を挟んで分離され、「Polo」が視覚的に独立していること、ポロとクロッカスとはスポーツ競技と花の名前で何の関係もなく、「Polo Crocus」は言葉として奇異な取り合わせであって意味のある一語を成すものではなく、意味的にも「Polo」が独立していること、Poloが語頭についていること等から、やはり両者の構成上の相違にもかかわらず、称呼を同じくする「Polo」の部分に着目してローレン社の「POLO」を連想することがあると考えられる(なお、東京高裁平成三年七月一一日判決、知的財産権関係民事・行政裁判例集二三巻二号六〇四頁は、ローレン社の「POLO」ないし「Polo」と、原告会社の「Polo Club」との対比にかかる審決取消請求事件で、クラブという語が広く同好の士の集団を意味するごくありふれた日常用語にすぎないところから、「Polo」の部分に着目してローレン社の「Polo」を連想させると判示している。本件の「Crocus」はクラブと異なり、それ自体識別性を有する語ではあるが、視覚的にも、意味的にも分離、独立している本件のような場合には、著名なポロの部分に着目されて同様のことが言えよう。この点は、被告会社の登録出願にかかる文字商標について、以上を理由にいずれも拒絶査定がなされていることからも窺われるところである。)。

そうすると、被告会社の使用商標の文字部分も、ローレン社の著名商標を連想させ、一般顧客に、被告会社の商品とローレン社の商品とその出所の誤認混同を生じさせるおそれがあると言わなければならない。

4  そして、結合商標と結合商標の対比にあっては、全体的に観察することにより、分離された一部の類似性が、他部の類否の程度により、高められることもあれば、低められることもあり得るところであるから、以上の分離観察を踏まえ、本件登録商標と本件使用結合商標を全体的に観察して、その類否を判断する必要がある。その際、指定商品について著名な商標と他の文字とを結合した商標にあっては、原則として著名な商標をもって類似性が判断されることになり(特許庁商標課編・商標審査基準、第四条第一項第一一号の4の(6)参照)、また被服類のような指定商品にあっては、一般の需要者(顧客)が商品を購入するに当たり、図形(マーク)と文字(ロゴ)のいずれに重きを置いて商品の出所の識別をするかも考慮の対象になる。

前記の2で述べたとおり、本件二個の結合商標は、まずポロプレーヤーの図形の部分で、その外観において、一般需要者において商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがある程度に似ており、一方、文字部分は外観、称呼において異なるものの、被告会社の「Polo Crocus」の「Polo」が、ローレン社の著名商標である「POLO」を連想させるところから、被告会社のポロプレーヤーの図形と「Polo」を冠した文字が結合する商標を使用するときは、一般需要者が被告会社の商品をローレン社の商品と誤認混同するおそれは、この結合により高まることはあっても、低下するものではないと言いうるところである。さらに、ローレン社のポロプレーヤーの図形は、それのみでは日本において商標登録を得てはいなかったものの、デザインが好評を博したポロプレーヤーマークとして、文字としての「RALPHLAUREN」以上に高い著名性と識別性を有していたことも認められ(甲1の告訴状の資料など)、また被服類、特にシャツ、靴下を購入しようとする需要者は、品質もさることながら、デザイン性、ファッション性に重きを置いて商品選択をする場合が多いと考えられ、本件においては図形部分自体がデザイン性、ファッション性を有しているのであるから、需要者はまずマーク、図形に着目して商品識別をすることになろう。これらの商標の著名性の程度、取引の実情なども併せ考えれば、図形において外観類似が認められる以上、文字部分の相違は、全体としての商標の類似性に大きく影響を与えるものではない。

以上の理由により、被告会社の本件使用結合商標は、本件登録商標と類似していると認められる。

5  また、被告会社の図形のみの商標(本件使用図形商標)についても、本件登録商標の図形部分と外観において類似し、一方は図形だけの商標、一方は図形と文字の結合という相違はあるが、右と同様の理由により、全体としての商標の類似性が認められる。

6  以上の点は、特許庁の審査第一部の商標部門のうち繊維部門の審査管理官をつとめる証人小松裕が、鑑定的な意見として、「一応の見解として」と留保しつつ、本件登録商標と本件使用商標は外観において類似し、全体としても類似しているとの供述をしていることからも、裏付けられる。

他方、本件の被告会社の登録出願を担当した弁理士の証人若林拡は、商標の類否判定に当たり、図形の外観類似性は幅狭く解すべきこと、このことはローレン社がブリオニイとの係争において提出した意見書においてローレン社自身が主張していること、また特に刑事罰を課す侵害罪の類似性判断は厳格でなければならず、登録商標と酷似又は極めて類似する場合に限られるべきである旨証言し、本件登録商標と本件使用商標は、まず図形部分において外観の類似はなく、文字部分においても相違しており、全体として非類似であるとの意見を述べている。侵害罪における類似性の判断が厳格に行われることはもとよりであるが、「類似」か「酷似」かも程度問題であり、詰まるところ商品間で出所混同のおそれを生じさせる程度に似ているかどうかの判断に帰着するところであり、このような観点からは、前記の2ないし4で詳しく類似性を説明したとおりであって、同証人の意見の部分は、結局見解を異にするというほかはない。

四  弁護人の商標の類似性に関するその他の主張について

1  弁護人は、前述のとおり、乙という会社が、やはりポロプレーヤーの図形と「Polo Club」の文字からなる結合標章を付した衣料品を大々的に販売しており、また、本件登録商標の登録後においても、同社のポロプレーヤーの図形と「POLOCLUB」の文字からなる結合商標の登録が認められており、これらについてローレン社は告訴、その他の法的対抗手段を取っていないとして、このことは特許庁、取引業界において、乙の使用商標がローレン社の登録商標とが非類似と扱われていると主張し、従って本件使用商標も非類似であると強調している。

確かに、被告会社の本件使用商標のポロプレーヤーの図形は、馬が左前向きであり、ローレン社の図形に対する以上に、より乙の使用商標のポロプレーヤーの図形(馬は左前向き、マレットは約二五度の角度で振り上げられ、躍動感がある)に類似しており、乙はそのポロプレーヤーの図形(ただしマレットは四五度の角度振り上げられている)と「POLOCLUB」の文字からなる結合商標につき、平成三年出願公告がなされ、これに対してローレン社が異議を申し立てたが、結局本件後の平成五年一二月二四日登録がなされていることが認められる。しかしながら、一方、被告会杜の本件使用結合商標と構成を同じくする(すなわち、ポロプレーヤーの図形とこれを挟んで「Polo」と「Club」が分かち書きされた)結合商標は、平成四年六月三〇日、「ローレン社の本願出願時に既に著名になっている図形と酷似する図形を含んでなるものであるから」という理由で、商標法四条一項一五号に該当するとして登録拒絶され、結局平成五年一月二八日拒絶査定を受けている(甲31)。乙は、ローレン社の「POLO」あるいはポロプレーヤーの図形商標が日本において著名性を確立したか否か必ずしも明確でない時期の出願にかかる文字商標(昭和四七年出願の「Polo Club/ポロクラブ」、昭和五二年出願の「Polo Club」、後者は昭和五八年九月二九日登録)につき、商標の登録を受けているのであって、既にローレン社の商標の著名性が明らかに確立された後の時期に、しかも「Crocus」という商標を有するのみで、なんらポロに関係する商標を有してもいない被告会社の本件の商標使用と同列に論ずることができないばかりか、その乙がポロプレーヤーの図形に登録商標の「Polo Club」を結合させた商標すら、平成四年には図形の酷似をもって登録を拒絶されているのである。なるほど、同じポロプレーヤーの図形に「POLO-CLUB」の文字を冠した結合商標については、ローレン社の登録異議も認められずに登録が認められているのは、不統一の感も免れないけれども(文字部分が「POLOCLUB」と一つの成語として受取られる書き方にし、分かち書きにして「POLO」を独立させていないことや(前記特許庁商標課編の商標審査基準第四条一項一一号4の(3)参照)、文字部分をポロプレーヤーの頭部の背景に置いて、それだけ図形の際立ちを抑えていることなどが考慮されているのかもしれないが)、被告会社の本件使用商標と、より構成を同じくするポロプレーヤーの図形に「Polo Club」を結合させた商標が拒絶されていることを考えれば、この点は類似性を否定する有力な論拠とはなり得ないものと言わざるを得ない。

(なお、乙は平成五年に業界紙に(甲31)、また平成六年に日経新聞に拒絶された結合商標と同一の商標のライセンスを有するとの広告を掲載するなどしているが、このような行動に対し、ローレン社は平成六年二月四日、登録された商標につき、商標法五三条による取消しの審判請求をしている。)

2  弁護人は、特許庁の審査において、ポロプレーヤーの図形を含む商標がいくつか登録を認められており、また、登録には至っていないものの、同図形やPoloの文字を含む商標の出願公告が少なからず認められていると主張する。しかし、そもそも、侵害罪における「類似」の判断は、最終的に司法判断である上、出願公告等が認められているものある反面、他方で登録が拒絶されたり、登録の異議が認められているものも多数にのぼっている(甲28参照)。審査官の判断にばらつきのあることは否めないが、夥しいポロプレーヤーの図形、ポロを含む文字の標章の出願に対し、多数の審査官が個別に審査する以上やむをえないところがあり(証人小松の証言)、乙の件にも見られるように、商標の出願、登録の経緯や、出願者相互の関係等個別的事情を捨象して論ずることができないものもあるのであって、この点の主張も司法判断としての類似性を否定する有力な論拠とはなりえないと言わざるを得ない。

なお、弁護人が弁論において掲げる本件後の登録図形商標三件(①商標登録二六七六二四七号、出願人野脇直友、弁8の6、②商標登録二六五一五七三号、出願人ユーロポート株式会社、弁8の7、③商標登録二六五七一四五号、出願人株式会社大福、弁8の8、いずれも同一の審査官によるもの)についてみると、①はポロプレーヤー大小二騎、②はポロプレーヤー三騎のものであって、類似性を否定されていることは理解できるところであり、③は単騎のポロプレーヤーであり、弁護人が主張するように本件登録商標と類似性が高いとはいえ、左前向き、マレットが右斜め上、静止状態というように本件使用商標と比べればやはり類似性には差があると言えよう。また、弁護人が弁論で主張する出願広告が認められたもの七件(弁8の10ないし16、いずれも同一審査官によるもの)については、類似性の高いものにつきローレン社により登録異議の申立てがなされている(例えば弁8の12、13、14、15に対してなされている。)。

3  さらに弁護人は、被告会社のポロプレーヤーの図形やPoloの文字を含む商標の出願に対し、特許庁は拒絶の通知をしてきたが、その拒絶理由は商標法四条一項一五号を根拠とし、登録商標との「類似」を理由とする同法四条一項一一号を根拠としておらず、特許庁の審査官も、商標の「類似」を認めていないと主張する。この点は、商標法四条一項一五号の条文、特に括弧書きの趣旨、特許庁の前記商標審査基準(第四条一項一五号4)において、他人の著明な登録商標と類似している場合は同項一一号の規定に該当するものとし、他人の著明な商標と類似しないと認められる場合において商品の出所混同を生ずるおそれがあるときは、原則として同項一五号に該当するものとされていることなどから、登録商標と類似すると判断される以上は原則として同項一一号を根拠に拒絶する(また未登録の周知商標の場合は同項一〇号を根拠に拒絶する)べきものと考えられ、同項一五号を根拠とする場合は、前提に審査官の商標としては非類似の判断を含んでいるものと見ることができる。なお、証人小松の証言によれば、図形と文字との結合商標の審査においては、図形と文字の判定の難易性から、すなわち図形よりも文字の方が判定が容易であるため、まず文字部分について審査し、文字部分において拒絶理由があれば、図形についての審査に入ることなく、拒絶の査定をするとのことである。

しかし、被告会社が同項一五号を理由に拒絶の通知を受けたのは、いずれも「文字」の商標(別紙「被告会社出願商標」1、2図)、及び図形と文字の結合商標(同3図)の文字部分についてである。そして、ローレン社は、文字商標については、「POLO」ないし「Polo」が著名性を有するにかかわらず、既に先願登録があるため商標登録を得ておらず、「POLO BY RALPH LAUREN」という文字商標を平成五年二月二六日に登録したにすぎない(甲2)。してみると、未登録の文字商標の対比において、すなわちローレン社の著名な「POLO」、「Polo」ないし「POLO BY RALPH LAUREN」と、被告会社の「POLOCROCUS」(同1図)「POLOCROCUS CLUB」(同2図)「POLO CROCUS CLUB」(同3図)とを対比する場合、外観、称呼、観念において類似とは言えない(すなわち同項一〇号にも該当するとは言えない)けれども、ローレン社の商標の著名性に鑑みて出所混同のおそれがあるとして同項一五号で拒絶することは理解できることであって、このことが、ローレン社のポロプレーヤーの「図形」と、被告会社のポロプレーヤーの「図形」の外観の類否の判断において、類似性を否定する根拠になりうるものではない(被告会社の図形と文字の結合商標は、同項一五号により拒絶されているが、これは、前述の結合商標の査定方法により、文字部分の対比によって拒絶がなされており、類否判断が図形部分の審査にまでは及んでいないところから、同項一五号による拒絶も、図形部分の非類似を前提として含んではいないと考えられる。)。

なお、被告会社の図形商標(同4図)については、出願の早い(昭和四七年出願)ポロプレーヤーの図形を含む(漫画のような)出願人丸永衣料株式会社の登録商標と類似するとして同項一一号で拒絶査定され、これに対して被告会社で特段の措置を取ったとの立証はない。

4  以上のとおり、弁護人の各主張も、結局、三の類似性に関する判断を翻す有力な根拠とはならないと考える。

五  弁護人の可罰的違法性が無いとの主張、及び公訴権の濫用の主張について

弁護人の主張の要旨は、前述のとおりであるが、既に詳述したところから明らかなとおり、本件登録商標と本件使用商標とは罰すべき違法性を欠くほど類似性に乏しいものではなく、乙に対して告訴等の措置に出ていないことについても、証人松尾の証言によれば、同社とローレン社との間で平成四年頃に交渉が持たれたとのことであり、このような経緯や、前述のように乙にポロクラブという先願の文字商標が登録されていることなど、被告会社の場合と事情を少なからず異にするのであり、その他、被告会社の本件使用商標を付した商品の販売活動の期間、販売量、被告会社のこの種擬似商標使用の累行性等を併せ考えれば、可罰的な違法性は十分認められるし、公訴権の濫用に当たらないことも明らかと言える。

六  故意、違法性の意識を欠くとの主張について

弁護人は、弁論において、諸々の事情を挙げて、本件犯行において、被告人に故意ないし違法性の意識を欠いていた旨主張する。しかしながら、(一)被告人及び被告会社は、平成四年から五年にかけて、ポロに関連する文字商標及びポロプレーヤーと文字の結合商標について立て続けに登録出願の拒絶の通知を受けており、その拒絶理由は商標法四条一項一五号を根拠としているとはいえ、いずれもローレン社の著名なPOLOを含むところから、同社の商品との出所混同を生じさせるおそれがあるとされていたのであり、拒絶の通知は被告人も若林弁理士から連絡を受けていたこと(なお、弁理士ならともかく、被告人において、拒絶理由が同項一一号ではなく同項一五号であったから、特許庁の審査において類似性はないと判断されたなどと信じたとは考えがたい。)、(二)本件使用結合商標を出願しても、同様に拒絶の査定を受けることは当然予想されたであろうし、そのためか登録の出願をすることすらなく、若林弁理士に本件使用商標を付して被服を製造販売することに助言を受けることもなく、製造販売を開始していること、(三)他にポロの擬似商標を付した商品が出回っていたり、乙が被告会社の商標に似た商標を付して大々的に宣伝、販売活動を行っていたという事情があったとしても、自己の出願は軒並み拒絶されているのに、本件商標の使用が問題にならないと信じたとも考えがたく、(四)卸先、下げ札、タグの製造発注先、刺繍の依頼先など、被告人の属する業界の者も、本件使用商標の使用につき、被告人に懸念を表した者が少なくないこと、(五)被告人の同種事犯の二回の前科、ことに平成二年の前科はベネトン、ミラショーン、ミスタージュンコなどの著名商標にかかる侵害などであること、などを考慮すると、故意や違法性の意識を欠いていたとは考えがたいし、仮に本件商標の使用が侵害に当たらず使用が許されると考えたとしても、そう信ずるについて相当な理由があるとは言えないことは明らかである。

【法令の適用】

罰条 (商標法は平成五年法律第二六号による改正前)

被告会社 商標法八二条、七八条、三七条二号

被告人 商標法七八条、三七条二号刑種の選択 (被告人)罰金刑を選択労役場留置 (被告人)平成七年法律第九一号による改正前の刑法一八条一項

(裁判官大谷剛彦)

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